数理モデル解説本の内容紹介
はじめに
2018年12月に『その問題,数理モデルが解決します』をベレ出版さんから刊行しました.
当blogではこの本の内容紹介をしていなかったので,以下にざっと解説します*1.
本書は数学,統計学,経済学(行動経済学,ゲーム理論),社会学(数理社会学)から,筆者が特におもしろいと思う《人や社会に関する数理モデルやアルゴリズム》を紹介しています.2人のキャラクターが対話しながら「ある問題」を解決するための「数理モデル」や「アルゴリズム」を考えます.基本的には1章で1話が完結します.
続編『その問題,やっぱり数理モデルが解決します』と世界観は共通ですが,内容は独立しているので,どちらから読み始めていただいても問題ありません.概ね高校・大学初年度レベルの数学を使っています.
特徴
単にこんなモデルがあるよ,と紹介するだけでなく,その数学的な原理をフォローできるように証明や計算を省略せずに書きました.この本で紹介するモデルやアルゴリズムは,「一度はどこかで聞いたことがあるもの」であり,目新しさはないかもしれません.本書は「こういう命題は知ってるけど,どうして成立するんだろう」とか「こういうアルゴリズムは知ってるけど,どうして有効なんだろう」という疑問に答えます.
たとえば,5章の「秘書問題」の解決アルゴリズムが「全体の36.8%を観察してから,次にベストを超えた対象を選ぶ」であることは,よく知られています.しかしどうして36.8%(より正確に書くと1/e)を見送る必要があるのか,その《しくみ》を説明することは簡単ではありません.本書は,強力なアルゴリムが成立する《しくみ》をなるべく丁寧に解説します.
対象読者
本書の読者として以下のような方を想定しています.
各章のタイトル・難易度・トピック
章タイトル | 難易度 | トピック |
---|---|---|
序 | ☆ | モデルとはなにか |
第1 章 隠された事実を知る方法 | ☆☆ | 回答のランダム化、集合、確率変数、期待値、分散 |
第2 章 卒業までに彼氏ができる確率 | ☆☆ | ベルヌーイ分布、確率変数の合成、2 項分布 |
第3 章 内定をもらう方法 | ☆☆☆ | 2 項分布の期待値、確率変数の和の期待値、インプリケーション、ベータ分布、ベータ2 項分布 |
第4 章 先延ばしをしない方法 | ☆☆ | 先延ばしのメカニズム、時間割引、準双曲型割引、先延ばしの防止 |
第5 章 理想の部屋を探す方法 | ☆☆☆ | 秘書問題、グーゴル・ゲーム、最適停止問題、アルゴリズム、全体の36.8% を見送る理由、生活満足度と通勤時間 |
第6 章 アルバイトの配属方法 | ☆ | 選好、安定マッチング、DA アルゴリズム、パレート効率性 |
第7 章 売り上げをのばす方法 | ☆☆☆ | ランダム化比較試験、条件付き期待値、潜在的結果、不偏推定量、統計的検定 |
第8 章 その差は偶然でないと言えるのか? | ☆☆☆☆☆ | 検定の仕組み、棄却域、対立仮説、正規分布の性質、サンプルサイズの設計 |
第9 章 ネットレビューは信頼できるのか? | ☆☆☆☆ | 陪審定理、チェビシェフの不等式、大数の弱法則、陪審定理の一般化 |
第10 章 なぜ0 円が好きなのか? | ☆☆☆ | ゼロ価格アノマリー、効用関数と導関数、プロスペクト理論、価値関数、ゼロ価格効果の一般化 |
第11 章 取引相手の真意を知る方法 | ☆☆☆ | ゲーム理論と支配戦略、第2 価格封印入札、メカニズムデザイン、ナッシュ均衡 |
第12 章 お金持ちになる方法 | ☆☆☆ | ギャンブルでお金持ちになる方法、所得分布のカタチ、累積効果、対数正規分布の生成 |
以下,各章の概要です.
各章の内容
第1 章 隠された事実を知る方法
規則やモラルに反する行動の調査では,回答者が正直に答えないことが知られています.そこで「禁煙の場所と知りながら煙草を吸ったことがある」などの逸脱行動を把握するために《回答のランダム化》という手法を使って解決を試みます(この手法のもとで母比率を推定するためには,実は《大数の法則》という命題が必要です.その解説は9章で詳しくかきました)・
第2 章 卒業までに彼氏ができる確率
100人と出会ったとき,1人以上から好かれる確率はどのくらいだろうか?この確率は2項分布をつかったモデルで計算できます. 2項分布は統計学でよく使う基礎的な部分の1つであり,より単純なベルヌーイ分布の合成から《つくる》ことができます.その過程を詳しく解説しました.
第3 章 内定をもらう方法
第2章の内容を展開します.モデルからインプリケーションを引き出したり、ベータ分布を使ったモデルの拡張について考えます.
第4 章 先延ばしをしない方法
先延ばし行動に関する心理学や行動経済学の知見を紹介しつつ,時間割引モデルについて解説します.先延ばし防止に役立つ知識もまとめています.
第5 章 理想の部屋を探す方法
いわゆる「秘書問題」モデルを解説しています.ファーガソンのレビュー論文内の証明を,できるだけ丁寧に再構成しました. 他の章と比べて少しだけ難易度が高くなっていますが,1/eの謎が解けるはずです.コンピュータで計算するための簡単なコードも記載しています. こちらを参照
第6 章 アルバイトの配属方法
ゲールとシャプレーが提唱したマッチングアルゴリズムを紹介します.アルゴリズム自体は簡単なのですが,なぜこれが安定マッチングを生むのか,その理屈(証明)を詳しく書きました.
第7 章 売り上げをのばす方法
ランダム化比較試験をルービンの因果推定モデルをベースにして紹介しました.平均処置効果の推定では条件付き期待値の計算がとても重要なので,その基礎部分を詳しく書きました.
第8 章 その差は偶然でないと言えるのか?
検定の仕組みを解説しました.サンプルサイズを計算する式を見たことのある人は多いと思いますが,あの式がどこから出てくるのか疑問に思うことでしょう. 私自身もどういう理屈なのか気になったので,いろいろ調べて理解した内容をここで解説しています.
第9 章 ネットレビューは信頼できるのか?
陪審定理について解説しています.人文社会系では有名な定理ですが、証明は書かれていないことが多いように思いました. 第1章で使った大数の法則を利用して、陪審定理の証明を説明します.また少しだけ定理の一般化についても考えています.
第10 章 なぜ0 円が好きなのか?
《100円の商品の10円の値引き》と《10円の商品の無料化》はどちらも値引き額は10円ですが,後者の方が人を引きつけることが知られています. どうして同じ値引き額なのに,われわれは無料を選ぶのでしょうか?行動経済学の実験を紹介しつつ,効用関数やプロスペクト理論の価値関数について学びます.
第11 章 取引相手の真意を知る方法
第2 価格封印入札というオークションのルールがあります.これは「入札額が一番高い人が勝者だが,支払い額は2番目に高い入札額となる」というルールです.このルールを使うと,理論上は,入札者は評価額を正直に表明するインセンティブを持つことが知られています. なぜそうなるのか?という理屈をゲーム理論のモデルを使って説明します.
第12 章 お金持ちになる方法
所得の分布はパレート分布や対数正規分布という確率分布で近似できることが知られています.しかし世の中の人々は,所得分布の形など意識することなく,生活していることでしょう.なぜ所得分布が特定の確率分布で近似できるのか,そのしくみを簡単な数理モデルで説明します.このモデルの原型は私が大学院生のときに作りました.
メッセージ
私は大学院に入るまでは,「自分は文系だから数学は人生に無用だ」と考えていました.
しかし師の影響で数理モデルの勉強をはじめたことがきっかけとなり,モデルの楽しさに目覚めました. これ以上の娯楽は,なかなかない,と今では思います.
本書をきっかけに,数理モデル(数学)っておもしろいかも,と思っていただけたら望外の喜びです.